奥の細道街道 その2

『封人の家』から、道を隔てた駐車場の先に陸羽東線の堺田駅がある。
徒歩だとちょっと距離があるのでカブで移動した。

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敷地内にあった分水嶺。

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ここから県道28号、奥の細道街道へ向かった。
3年前の東北旅で通った道だが、山刀伐(なたぎり)峠越えは道の細さから断念した。
今回はそのリベンジである。

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画像左にまだ雪が残っているが、さて、行きますか。

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舗装された道は車一台がやっとであった。
対向車が来れば、こちらがカブでも擦れ違いは困難だろう。

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峠にはトイレのある広場があった。

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下りは古道が交差する箇所が幾つかあった。

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遊歩道として整備されているが、この古道が芭蕉一行が歩いた道であるようだ。
当時は山賊や追い剥ぎがリアルに出没していたらしく、封人の家を出発にあたり、主が屈強な若者を案内に就けたそうだが、それが一人だけというのがちょっと疑問である。
疑問と云えば封人の家に世話になる前に尿前の関を通過するのだが、そこで守人に怪しまれ、ようやく通してもらったとある。
その折の曾良の記録によれば、

関所有。断六ヶ敷也。出手形ノ用意来可有之也。壱リ半中山。
せきしょあり。ことわりむつかしきなり。でてがたのよういこれあるべきなり。いちりはんなかやま。

なかなか通してくれないので曾良が手形を見せてようやく通れたということである。
これではどちらが主でどちらが従だか分からない。
辺境の地の関所守を黙らせるような手形とはどのようなものだったのか、そしてなぜ曾良がそれを持っていたのか。
引用した本によれば、曾良なる人物は影で、アッと驚くような有名人が随行していたと断定するのだが・・・・。
興味は尽きないが、私は探究者ではないのでこの辺で留めることにする。

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