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14日目 奥の細道街道 

朝5時起床。
まずは炊事棟で手洗いで洗濯を済ませた。

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朝から晴れて良く乾きそうである。
国道47号、最上街道に出て、ツーリングマップルを参考に、この日最初の予定である芭蕉が2泊したという『封人の家』を訪れた。

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ここで芭蕉は次の句を詠んでいる。

蚤虱 馬の尿(バリ)する 枕もと

芭蕉はこの屋敷のどこで寝たのだろうか。
座敷はおろか板の間にさえ上げてもらえず、土間に寝かせられたということなのだろうか。
これは俳人の脚色で大げさに表現したというのが一般的な解釈のようだ。
『奥の細道』にはこういった脚色や創作も幾らか入っているようである。
なぜこんなことを書くかというと、ご存知のように芭蕉には曾良という随行人がいて、彼も旅の記録を残している。
それには奇妙な記述が多くあるそうな。
例えば、

玉入泊。宿悪故、無理二名主ノ家入テ宿カル。
たまにゅうはく。やどあしきゆえ、むりになぬしのいえいりてやどかる。

宿が気に入らなかったから、無理を言って名主様の家に泊まったという。
芭蕉はテレビタレント並みの有名人だったのだろうか。
また、こんな驚くような記述もある。

六日。天気能。亀ヶ岡八幡へ詣。城ノ追手ヨリ入。俄二雨降ル。茶室へ入、止テ帰ル。
むいか。てんきよし。かめがおかはちまんへもうず。しろのおいてよりはいる。にわかにあめふる。ちゃしつへはいり、やみてかえる。

伊達氏の氏神である亀ヶ岡八幡に参拝した後、青葉城に立ち寄り、何と追手門から堂々と入り、茶室に案内されている。
千利休並みのもてなしである。
当時の厳しい身分制度からして有り得ないことであるそうな。
これほど身分の高い人物は誰だったのか。
芭蕉と曾良以外に、表に出ない誰かがいたのか。
他にもまだまだ不思議な記述があるが、要は行く先々で丁重な扱いを受け、道中盗賊や追い剥ぎの類に狙われることもなく、宿で金品の盗難に遭うこともなく、旅費に困ることもなく旅を無事に終えている。
謎が多いのである。

以上、私が調べた訳ではなく、ある本からの引用であるが。
今も昔も、世の中上っ面だけでは分からない裏があるって事でしょうな。





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