腰が回復してきたので

気を良くして、藤野探索の翌日もカブで出かけた。
20号線を走るたびに気になっていた桂川対岸に広がる家並み。
古くからの集落なら何かあるかも。
県道35号線はあっけなく通行止め。
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迂回路へ。
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事前に航空写真であれやこれや当りを付けていたのだが、迂回させられたことで進入路などが曖昧になってしまった。
こうなったらもう面倒臭いから、適当に気が向いた方向にハンドルを切って行く。
どんな道に入ったところでカブなので、まったく問題はない。
この日はここでも陶器市の会場があるらしく、連れ立った歩いている人や、多摩や八王子ナンバーの車にやたらすれ違った。
芸術の道とかいう何だかよく分からん名称の道があって、道路わきに彫刻が点在していた。
自分はこのアートと謂うやつが苦手で、見ても何も感じないし理解できないし、強いて理解したいとも思わない。
要は、なにがいいのかさっぱり分からんというやつだ。
もちろん、世の中にはそれに接して感銘を受けたり、何らかのメッセージを受け取ったりする人もいるのだろうが。
とにかく自分はからっきし駄目ということで、したがってなんかあるなあという程度で走り抜けた。

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これこそ『アート』ではないか。
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桂川、川岸。
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バイクでコーナリング練習でもしたくなるような舗装路だが、残念ながら進入することはできない。
山の方へと続く道があったので坂を上って行くと、
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石楯尾神社という。
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さほど大きな社殿でもなく、言っちゃ悪いがまあ普通にあるような神社であったが。
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ここが凄かった。
創立は今から2千年以上前とか、千百二十年前にどうとか、とにかく古い記録に残っている神社である由。
極め付けは三増合戦の折りに武田信玄によって焼き払われたとある。
こんな由緒ある神社を、いくら戦とはいえ焼いたりしちゃ駄目でしょう信玄さん。
ひょっとして武田家滅亡の真の原因はこれだったのか。
勝頼の、家臣に裏切られての哀れな最後はこれに起因するのか。
などと勝手な妄想を抱いてしまったが。
ところで勝頼という男、蓑踊りが殊の外好きだったらしい。
蓑踊りというのは税を払えなかった農民をひっ捕らえてきて油を掛けた蓑を着せ、火を点けて焼き殺すという刑らしい。
NHKの大河ドラマの影響で戦国武将といえば、まるで人徳者か憎めない人物に描かれているが、実際は功成り名を遂げた武将は、ほとんどどいつもこいつも悪逆非道、奸計裏切りなんでもありの極悪人だったと、故柴田 錬三郎がエッセイでそんなことを書いていた記憶がある。
そうでなければあの時代、生き残ることができなかったのだろう。
大河ドラマをエンタメとして楽しんで見る分にはそれもいいが、それを真に受けて脳天気な日本人が量産されるのは、いささか問題があるように思う。
本当の時代劇は、とても茶の間で家族みんなで楽しめるような代物ではないのである。
脳天気そのものの私が言うのもおこがましいが。

それはさておき、腰も癒えて、またカブで気ままなぶらぶら散歩ができるようになった。
人間、何がなくても健康で元気が一番ですよ、ね。
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それにしても、わざわざこんな

辺鄙なところまで焼き物の、気に入った器を見付けるためにやってくる人たちというのは、いったいどういう人たちなのだろう。
よほど心に余裕があって遊び心に溢れた人たちなのだろうか。
これは嫌味とか皮肉とかそんなんじゃなくて、本気でそう思う。
私はそもそもグルメじゃないし、器にこだわったりはもちろんしない。
したがってこのためにここまで歩いてくるなんてことは絶対しない、だろう。
たとえハイキング気分だとしても。

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けっこういらっしゃいました。
ここが山道の終点だった。
佐藤さん家の先にまだ民家があったとは。
建物はそれほど古くはないようだが。
係りの女性からせっかく声をかけてもらったのに、こちらはあいにく不調法で、さらっと一巡しただけで戻ることにした。
すると、木々の隙間から屋根が見えた。

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一旦下って脇道に入ると、
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家主がいたら何故ここなのかと、聞いてみたい。
空き家なので誰もいないのだが。
さらに近寄ってみた。

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玄関に置かれた椅子に腰掛けて夕涼みでもしていたのは、この家のお爺ちゃんだろうかお婆ちゃんだったろうか。

気になったガラス戸を拡大してみる。
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これ以上立ち入らなくて正解だったかもしれないな。

ところで、リニア開通工事に伴い、この辺りに橋梁ができるという工事計画があるらしい。
そうなると、まず大型の工事車両が入ってくる道が開削されるだろう。
次に橋梁だけでなく周囲もコンクリートで固められてしまうことになる。
7月には蛍が飛び交うというここの静かな環境はどうなってしまうのか。
私は殊更、環境破壊だの自然を守れだの声高に主張する気はない。
どうも、あの環境団体だのエコロジー団体だのは、何かしら背景がありそうで胡散臭いと疑っている。
これからの人口減少社会でリニアなんかいらないだろうという意見がある。
だが、新幹線の登場によってそれまで一泊だった出張が日帰りになったように、人口が減るからこそ今以上の更なるスピードや効率が求められるという意見もある。
60を越えた私にはどうでもいいっちゃ、いいのだが。
対する自然だって今や急速に領土を取り戻しつつある。
人が住まなくなった集落に至る道は廃道となり崩れた土砂に覆われる。
打ち捨てられた家屋は風雪に押し潰され、草が生え木が生長しやがて森へと回帰するだろう。
山梨や秩父など関東近辺ですでにこうなりつつある。
今はまだ、私のような物好きが航空写真を細見して当りをつけることができるが、これから先どうなるか。
東北など地方ではもっと深刻なのではなかろうか。
放棄された田や畑はすでに自然に戻っているではないか。
とはいえ、ここ藤野のこの風景が失われるのはなんとも残念な気がするが。
せめてここが変わっていく様を、つぶさに見届けるしかないか。

前から車が来ないことを願って

1速でゆるゆると狭い道を走らせる。
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渓流側にガードレールはない。
落ちたとしても死ぬことはないだろうが、カブの回収はやっかいなことになるだろう。
そして、謎の物件にようやく辿り着いた。
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手作り感満載の建物だったが、オーナーは不在のようだ。
もし会えて話しを聞くことができれば、私はUFOらしき飛行体を何度か目撃したことのある身なので「ちょっと待て。話せば分かる」となったかもしれないが、残念なことであった。
この先にも民家があるらしい.ので進む。

ブラインドコーナーを曲がると視界が開けた。
そこにトタン板で覆われているが、萱葺きの立派な古民家があった。
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蔵と貯蔵庫。
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この古民家については『藤野 陶器市』で検索していて情報を得た。
家主は佐藤さんといい、今は手入れのためにたまに訪れるだけの空家らしい。
往時の生業は炭焼き、養蚕、畑と田んぼ。
牛も飼っていたという。
現金収入はおそらく炭焼きと養蚕だろう。
ほとんど自給自足のような暮らしぶりだったと推測できる。
だが驚いたことに、ここで多いときで10数人の家族が生活していたという。
当時は今よりもっと細かったであろう山道を、1キロ以上入ったまるで隠れ里のような家で、家族10人程が賑やかに暮らしていた事実があったのだ。
私は佐藤さんに痛く聞きたく思う。
あなたが覚えているなら、当時の暮らしは満ち足りていましたか、と。

イベント当日ではなく参加者がいなくて、私一人がここに来ていただけなら、この場で満足して引き返していただろう。
だが参加者はここから先へと歩いていく。
とてもこの向こうに何かがあるとは思えない道を、私も付いて歩いて行くことにした。

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林道はギリで車一台分の

幅しかなかった。
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路面はいちおうコンクリートが敷いてあるが、舗装というより、とりあえず固めたという表現が適切か。
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分岐を、橋を渡って左へ少し進むと民家があるらしい。
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橋を渡ったところにあった説明板。
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こんな石のことだろうか。
たしかに真っ直ぐに切り出された石のようにはあるが。
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山側の斜面にはこんな石の堆積層があるので、これが転がり落ちれば切り石のようにみえなくもないか。
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それとも地元の人も知らない古い時代の構造物があって、それが崩れたのかもしれないな。
とにかく、昔から続く山道にはたいてい伝説や不思議が色々あって、それに遭遇する楽しみもある。

行き止まりの民家。
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ひと気はなかったが様子を窺うと、家屋の影にキャリアに鉄箱を載せたカブがリア半分を覗かせていたし、どうも廃屋かどうか判然としないのでこれ以上は立ち入らなかった。
来た道を戻って先へと進む。

ここんとこ少し腰を痛めていて

日常ではたいして支障をきたすことはないが、車やバイクの乗車姿勢を続けていると、徐々に傷みが増してきて、やがてどうにも我慢できない状態にまで達してしまう。
それでも天気の良い日はカブに乗りたい。
それにグーグルマップの航空写真で気になる物件を見付けたこともあり、とにかく腰が持てばラッキーと、成るようになれで走り出した。
で、気になる物件というのがこれ。
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何でしょうね。
検索してみると、同じように興味を惹かれて行ってみた人がいるが、やはり詳細は不明のまま。
さて、できるだけ腰を労わるような運転を心がけ、道志道に入るといつも最初に休憩する旧デイリーヤマザキ跡。
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この建物を見ていつも思うのだが、ここでライダーハウスを開業したら儲かるとまではいかなくても、老後の楽しみくらいにはならないかなと。
その名も『ライダーハウス道志』。
アイデア次第で、そこそこ需要はありそうに思うが、どうだろうか。
気持ちだけで、行動に移すことはないだろうけど。

5月に入ってこれまで2度挑戦して、腰の傷みに耐え切れず2回ともここで断念したのだが、今回は3度目の正直、なんとかいけそうである。
このすぐ先のY字路を県道518へと右折する。
しばらく走ると気になる物件への入り口がある。
過去、幾度となく通ってきた道だが、この枝道は気にもしなかった。
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この日は偶然にもこんなイベントをやっていて、路肩に車が数台停まっており、山道を人が連れ立って歩いていた。
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これから行く道は1.5キロほどの林道であるらしい。
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腰は耐えてくれるだろうか。

最近、切に体力の

衰えを感じる。
体力の衰えは気力の衰えを誘発する。
こりゃいかんなあ。
原因は途切れることのない毎晩の酒と運動不足なのは明白である。
何か運動しないと。
だがジョギングなんてまっぴら御免だし。
昔のようにオフロードバイクでもって河川敷で飛んだり跳ねたりしてみるか。
あれってけっこう体力使う。
現状の鈍った体なら、翌日は全身筋肉痛間違いなし。
いや、まともに歩行すら困難になるかもしれない。
てな訳で行ってみました、湘南ジャンクヤード。

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ジャンクと正直に掲げているだけあって、ほんとうにジャンクバイクが所狭しと雨ざらしで並んでいるが、主力はスクーター系ばかりで期待したオフ系はほとんど無し。
セローが2台あったかな。
ホンダのトライアルバイク、懐かしいTLM50なんてのもあった。
私のような中途半端なオヤジがオフで遊ぶには、本格的なモトクロッサーはいらない。
性能を持て余すだけである。
かといって現在所有している230のようなコンパクトな車体では、連続した深いギャップでバタバタと振られてやはり落ち着きがない。
理想はKDX125クラスの車格と足付き性、それと同程度のパワー。
足回りは当然最先端のテクノロジーで。
サンバーに積載していくので保安部品はいらないから更なる軽量。
2ストレーサーのようにピストンリングが1本で、定期的にリング交換などという煩雑なメンテも必要なし。
4ストレーサーのように、オイル交換ちょっとでも手を抜くとエンジン壊れるということもなく、そんな手頃なオフバイクはないだろうか。
ある訳なし。
だが、オフバイクに対して理解と伝統のある海外に目を転じれば、良さげなのがあるけどねえ。
だが価格が安くても80万とかじゃ、とうてい無理無理。
現在所有のKDX125は、相模リバーサイドで走らせることができるまで回復したが、今さら泥だらけ傷だらけにするにはちょっと抵抗がある。
はあ、どうしたものか。
帰路、ジャンク屋の近くにあるユーメディアオフロード館に寄ってみた。
KLX125の新車が259000円で並んでいた。
やっす。
こんなどっちつかずのバイクじゃ最後は投売りになるよな。
ライダーは私のように中途半端であっても、バイクがそれじゃ、やっぱ駄目でしょ。

気持ちの整理とは、なかなか付かない

ものだ。
のんびりと観光するつもりが、どこかしらいまいち気分が乗らない。
定年退職して有給消化しながら、晴ればれとした気分で東北を回っていた頃のような脳天気な自分には、もう戻れないのだろうか。

鳥取県倉吉

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年老いた母を置いてきた。
連絡を受けて駆け付けたとしても、最後を看取ることはできないかもしれない。
仕方のないことだとは云え、できることはやったと言い切れるか。

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故郷の街は様変わりしていた。
新しく広い道が開かれ、記憶をたどる術の目印となる古い建物は消え空き地が目立ち、ショッピングモールの広大な敷地は以前の風景を思い出す手掛かりさえない。
「パリは変わる。だが、私のなかでは何も変わらない」と言った詩人は誰だったか。

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人々の営みに連れ街は移ろう。
母の死とともに故郷との縁は切れる。
もう戻ってくることはないだろう。
停滞することなく、変わり続けていくが良い。

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故郷の街に対しては、私はもう傍観者ですらない。
プロフィール

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