それが事実だよと爺様は言った

いつ降ってきても不思議はないような空模様なれど、本日の降水確率は0パーセント。
天気予報を信じて(あまり当てにはしてないが)朝九時にカブで出発した。
手始めに薬師林道の亀石へ。
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林道から見える位置にある。
近付いてみるとかなりでかいが、自然石のような。
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ここからさらに上の中腹には巨石群があり、鏡岩や環状列石まであるらしいが、山歩きは得意でないうえ道も見当たらないので探索は断念した。
次に目指すはノアの箱舟が流れ着いたとされる岡津古久。
読みは『おかつこく』。
なんかいかにもそれらしい名称だが。
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交通標識を見てしばし唖然となった。
訳分からん。
有り得ないだろう。
独り憤然としたところで運悪く巡回中のパトカーに遭遇すれば間違いなく違反切符を切られてしまうことだろう。
ここは大人しく退散するしかないではないか。

岡津古久をあきらめ、次に向かうは大山フィッシュセンター。
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前からクルマが来たら、カブでさえ擦れ違うことは困難な道を進んでみたが発見は無し。
次は伯母様。
私の親戚ではなくて地名である。
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なんでもこの地名は武内宿禰の伯母に由来するらしい。
農作業中の地元の人に訊いたら後北条時代の誰それ(名前を忘れた)の伯母が住んでいたと言っていたが。
時代がかなり違うような。
この近くにはヨセフの墓といわれる心敬塚がある。
伯母様地区のどん詰まり。
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ここはどうも違うようだ。
移動開始。
途中の分岐の急坂を登っていく。
見晴らしの良い所だ。
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ひょっとするとここかなあ。
いかにもそれっぽいが。
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ちょうど運良くトラクターに乗った爺様が、急坂を散歩でもするように登ってきた。
心敬塚は其処じゃないよと爺様。
空き地を挟んで反対側の雑木林がそれだと言う。
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小さな石塔が一つあるだけで何もないらしい。
そこから入って登っていけと爺様が案内してくれたが、
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道なんかないし、あの藪の中に独りで立ち入って行くのもなんだかなあ。
ほんじゃ。
爺様はトラクターで下って行った。
しばらく悩んだ末に、小さな石塔の確認は結局断念した。

近くにあった立派な石碑は上水道組合とあって心敬塚とは無関係。
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まあこんなもんだよなあと落胆しつつ、登ってきた道とは反対側へ下っていくと、歩いている爺様にまた出会った。
どうだった?と爺様。
入っていけなかったと言うと、あのなあと爺様は続けた。
昔、飼ってた馬が死ぬとみんなあそこへ持って行ったんだ。
元は心敬という坊さんの塚だったんだが、いつのまにか死んだ馬を葬る場所になったんだと爺様。
小さな石塔が一つあるだけで、ほかはなーんもないよ。
それが事実だよと最後に爺様は意味深な言葉で締め括った。

反対側に下った所から見た心敬塚。
木の一番高い部分の下辺りに石塔があるらしい。
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急に腹が減った。
昼食の時間はとっくに過ぎていた。
オギノパンまで一気に走って、遅すぎる昼食を摂る事にした。
宮ヶ瀬湖あたりの掲示板の気温は23℃だった。
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クマ避けの鈴など

持ち合わせてはいないので、クマ対策としてヘルメットを被ったまま大声で歌を唄いながら三段の滝を目指した。
{チェキラ チョッコレート、チョッコレートお願いなんです
{やだやだやだやだ ネバネバNEVER
この場に誰かいたら完全に気のふれたヤバイ親爺だと思ってドン引きしただろう。
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山梨の廃村を訪れたときも、こんな道をカブで走ったっけ。
あまりお勧めはしませんが。

途中、山側の斜面に露出した不思議な形状の岩。
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曰くありげな苔むした岩。
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ここでようやく三段の滝に到着した。
と言っても時間にして15分くらいか。
距離的には大したことないが。

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下まで降りることが出来るようだ。
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対面した三段の滝。
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ここは本当に遠い昔から連綿と続く聖地なんだな。
だが、この地に立ったからといって私の邪まな心根が浄化され、清々しい気持ちになるとかは皆無だったけれど。

試しに伊勢原についてあれこれ検索してみると、出てくる出てくる。
モーゼを祀っているという神社。
ヨセフの墓。
ラーの丘。
ノアの箱舟が流れ着いた場所。
秦氏、等々。
実に香ばしい匂いのする土地柄だった。
受け取り方は人それぞれ。
荒唐無稽と笑い飛ばすにしても、火のないところに煙は立たないとも言うし。
私の場合は嫌いじゃないので、ちょくちょく覗いてみるかな、伊勢原。

日向林道の日向薬師駐車場から僅かに下ったところにある休憩所。
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木々に囲まれ、静かで良い所だった。
伊勢原に来たときはここでお弁当にするかな。

途中道に迷って

偶然辿り着いた比々多神社。
あれえ?こんなに小さかったっけか。
もう何年も前に一度訪れたことのある比々多神社。
まさか同じ名前の神社がもう一つあるとは。
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そしてその隣には、
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これ又まさかの茅葺き古民家。

伊勢原にまだ残ってたんだなあ。
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かなり傷みがきているようだが
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昔はこの風景の中に、これと同じような茅葺き屋根が点在していたのだろう。

大きいほうの比々多神社。
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東北旅以来の茅の輪くぐりがあった。
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作法は同じ。
本番は6月30日らしいが。

神社の裏手には移設復元された配石遺構群があり、その中にはストーンサークルも含まれている。
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伊勢原、恐るべし。

お水取りの神事が行われるという三段の滝へ行ってみることにした。
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途中の分岐が分かり難いが、到着してみると
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立ち入り禁止かと思ったら、横の扉が開いた。
入ってすぐは申し訳程度に舗装されているが、
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この橋を渡った先からは、
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クマとはいわず、他の何が出てきても不思議はないような山道へと変わるのであった。

織田信長は本能寺で

死んだとされているが、実はその死体は見つかっていない。
伊勢原には火傷を負った織田信長がわずかな従者とともに落ち延びてきて、この地で亡くなったという言い伝えがあるらしい。
田んぼの中にポツンとある小さな神社に、主従の粗末な墓石が並んでいるとも云う。
手がかりはそれだけ。
幸い今日の降水確率は0%だし、ちょっくらカブツーしてみるか。

日向薬師のバス転回所。
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ここから眺める里山の風景。
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のどかな里山の景色がまだ残っている。

ここから日向渓谷へと走っていくと、
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672年の壬申の乱で、大海人皇子(後の天武天皇)に敗れて亡くなったとされる大友皇子だが、亡くなったのは身代わりで皇子自身はここ伊勢原まで落ち延び、この地で失意のうちに亡くなったという伝説が残っている。
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生前、松を愛したという大友皇子のために植樹された、いまは2代目となった不老松を探したが、それらしき松の木は分からなかった。

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それにしても、わざわざ遠く関東まで来なくても、途中の伊那谷とか身を隠す場所ならいくらでもありそうなものだが。

分かってはいたが、やはり通行止めだったか。
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雨降山石雲寺。
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境内にある雨降石。
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大山阿夫利神社の御神体も雨降石とされているが、そちらは見たものは誰もいないという謎の石だそうな。
あちらは巨石と言われているが。

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バス転回所の道を隔てた向かいにある白髭神社。
以前は茅葺きの屋根だったが。
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高句麗の王、若光を祀る。
来日した翌年、高句麗が滅んで帰れなくなった若光王はしばらくこの地に従者とともに住んだとされる。
それにしても何故伊勢原にばかりこのような伝承が残っているのだろうか。
信仰の山大山の麓で、縄文時代の古くから続く伊勢原の地は、何かしらの謎を秘めた不思議な土地である。

日向から三ノ宮、比々多神社へ向かう。

駐車場を横切り、中国人観光客の

間を抜けて、東の外れに戻った。
私が、ああ、あれかと確信した一軒めの家屋。
残念ながらトタン葺きに改装してあるが。
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空き家だが家主が管理していて、夏場は宿泊施設として貸し出しているそうだ。

脇の道を入って行くと、正面に茅葺きの屋根が頭を覗かせている。
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2軒目の古民家。
ここも空き家だ。
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ここでは往時の生活と生業の残滓が色濃く残っていた。
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そして3軒目の古民家。
茅葺きの屋根もそのまま。
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ここはなんと現役で、まだ人が住んでいる。

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砂利道を隔てて向こうはいやしの里の敷地になる。
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西湖方面を見た所。
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敷地内からは中国語の会話や笑い声や歓声が途切れることなく聞こえてくる。
観光客の皆さんは現代建築で建てられた古民家群で癒され楽しんで、願わくばお金を地元にたくさん落として行って下さい。
私はすぐ傍らにありながら忘れ去られ、ひっそりと佇む本物の古民家に辿り着いて感慨に浸らせていただきます。

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かつての根場集落への入り口。
往時の面影が残るのはこの狭い一角だけだが、またよくぞ今日まで残ったものだ。
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帰りは山中湖へ出て道志を通って帰宅した。
カブで260キロを少し越えるくらい走ったし、グルメや温泉に無縁の私にとっては有意義なカブツーになった。
毎回、相棒のカブとこんなツーリングが出来ればいいなと思う。

関東もめでたく梅雨入りした。

前日の天気予報では、この日は晴れ。
目覚まし無しで朝5時頃目を覚ます。
スマホで河口湖の天気を確認すると日中は晴れマーク。
5時50分には早々と出発した。
道志で行くか20号で行くかちょっと迷って20号を選択。
通勤時間帯に入り、対向車線はクルマが増えてきたが、こちらは快調に飛ばす。
笹子トンネルを抜けたところで道の駅甲斐大和に立ち寄る。
ここの自販機、現金投入口がすべてガムテープで塞いである。
どういうこと?
御坂トンネルを抜け、河口湖大石公園駐車場に到着したのが9時過ぎ。
中国人や白人の観光客が多い。
ここまで缶コーヒー一本だけなので腹が減ってきた。
芦川村の『おごっそう家』は確か9時から営業していた筈。
若彦路トンネルは初めて通ったが、長いのは良いとして異常に寒い。
トンネル内部は外気より温度が低いのはどこでもそうだが、ここはちょっと寒すぎた。
このトンネルの開通によって芦川村は随分近くになったんだな。
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天ぷらうどん420円とコロッケ180円。
強調するほど美味いというわけではないが、この組み合わせがお気に入りだ。
来た道を戻り、いよいよ根場に向かう。

駐車場に到着すると朝からこの大型バスの台数。
けっこう繁盛してる様子。

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まずは有形文化財の『渡辺家住宅』へ行ってみた。

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砂利道を挟んで向かって左側がいやしの里の敷地になる。
中国語の会話が絶え間なく聞こえてくる。

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偶然通り掛った和服の女性。
後姿を失礼しました。
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土石流の被害を免れた一軒だ。
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某掲示板に掲載されていた廃屋の画像はこの家屋だと思われる。
中に入って店のオバちゃんに話を聞いてみた。

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囲炉裏の中に七輪。
私のハンドルネームも七輪だが、この取り合わせ、妙にちぐはぐで哀れで滑稽なんだが。
なんだか身につまされるな。
囲炉裏に直接炭ではいかんのだろうか。

それでオバちゃんの話だと、東の外れに昔のままの家屋が3軒残っているそうだ。
家主がいていやしの里とは無関係だという。
私はその東の外れから今回入ってきて、駐車場を抜けてここまで来たのだが、そう言はれれば思い当たる家屋があった。
あれがそうか。
また駐車場を抜けて戻ることにした。

久し振りの西湖だったので

道を間違えて『根場 いやしの里』に侵入してしまった。
近くを歩いている男は一見して日本人ではないと分かった。
通りを埋めているのは中国人の団体客のようだ。
係員が飛んで来ないうちに、慌ててバックして切り返し、来た道を戻った。
その際チラッと見た茅葺き屋根が立ち並んだ様子が印象に残った。
存在は知っていたが、テーマパークみたいな観光地には興味がなかったので訪れたことはなかったのだが。
精進湖キャンプの翌朝は6時過ぎに起床。
小雨の中、傘を差して駐車場の自販機へ。
まだホットの飲料を販売していた。
缶コーヒーを買ってサンバーまで戻り、雨に霞む富士山を眺めながら一服してから、寝る前に車体の下に適当に仕舞い込んだ折り畳みのテーブルや椅子、ガスコンロやフライパンなどを引っ張り出し、帰り支度を始めた。
張り出した松の枝が雨を防いでくれている。
このまま帰宅するには時間がまだ早過ぎるので、昨日間違って侵入し気になっていた『根場 いやしの里』へ行ってみることにした。

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入場料は350円。
早朝ゆえ誰もいない。
雨脚が強くなった中、外周から眺めてみた。
茅葺き古民家好きとしては、いささかそそられるものがある。

近くにある旧根場分校。
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帰宅してから検索してみた。
ここ根場はかつては日本一美しいといわれた茅葺き集落があった所で、1966年(昭和41年)の台風26号の集中豪雨により集落は土石流に襲われ、40数戸ある家屋のうち僅か4戸を残し流失または倒壊したらしい。
死者94人、13名はいまだに遺体は発見されていないという。
某掲示板で心霊スポットとして話題になった場所でもあった。
現在は20戸の茅葺き民家が再建されているようだが、流出を免れたと言う古民家はそのまま残っているのだろうか。
一戸は確実に残っているようだが、それは通りを隔てた外れにあった古民家のことだろう。
某掲示板に廃屋当時の画像が掲載されていたから間違いないのだが。
天気の良い日にカブツーで再訪してみるかな。
入場料払って。
詳しい現地の人が居るかも知れない。

それでなくとも定年退職者の

職探しは難しいというのに、贅沢にも通勤の条件が自宅から徒歩か自転車では、まずある訳がない。
と、無料の求人誌を丹念に探しながら、諦めかけていたら一件見つけた。
自転車で片道30分。
物流倉庫のピッキングという仕事だ。
ここは60のジジイを採用するだけあってなかなかユニークな職場だった。
詳細に書くと、狭い相模原地域のことなので特定されるかもしれないのでやめておくが、冬の時期だったので雨の日も雪の日も自転車で通い、あらたに徒歩で通える職場を見つけたので3ヶ月で辞めた。
現在は徒歩25分の職場で働いている。
ここも同じような業種だが、これまたかなりユニークな職場である。
面接で朝7時から来れるかと聞かれたので2つ返事でOKした。
休日には早朝からツーリングなどに無理なく出発できるからだ。
ここの利点はもう一つあって、週休2日を希望したら平日の2日間続けて休めることになっった。
365日24時間稼動の物流関係で、これはありがたい。
というわけで精進湖で富士山を独り占めとなった。
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当初は西湖の自由キャンプ場を予定していたが、到着してみると貸し切り状態だろうという見込みはあっさり外れた。
平日にもかかわらず何と4組ほどの先客がいるではないか。
スマホにスピーカーを繋いで音楽を聴きながらは、これではとても無理だな。
この頃は平日でも3,4組はいて、土日は40組から50組は来ると管理のオバちゃん。
ここの敷地はそれほど広くはないと思うが。
諦めて精進湖へ向かうことにしてサンバーに戻るところでバイクが一台入ってきた。
ソロキャンのようだ。
翌日は朝から大雨になったのだが。
午後4時前に精進湖に到着し、湖畔を見渡すと釣り客はいてもキャンパーは皆無。
やったね。
本日はここをキャンプ地とする。
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日中は暑いくらいの陽気だったが、ねんのため焚き火台とホムセンで買って半分使いかけの炭を積んでおいた。
定年退職後は材木屋の近くを通ることもなくなったので、薪のストックがない。
コンビニで売っている薪はボッタクリ価格もいいとこなのでアホらしくて買う気にもならない。
サンバーの荷室に寝床を広げたら、折り畳みの椅子を出してドッカリと座り、明るいうちから富士の景観を眺めながらビールを飲む。
たまらんね。
トイレに行ったついでに精進湖駐車場に上がってみると、作業が終わった道路工事の現場に交通誘導員の若者が退屈そうに立っていた。
夕方の5時を過ぎている。
何時までやるのか聞いてみたら、8時までの12時間勤務だと言う。
一時は本気で警備員の仕事を検討していたので他人事とは思えない。
あと3時間で終わりだねと言うと、若い誘導員君はちょっと複雑な表情で笑った。
12時間はさぞ長かろう。
さすがは精進湖、日暮れとともに冷えてきた。
炭火を起こす。
ガストーチでもってゴーッと炙る。
あとは団扇でぱたぱた。
このくらいの気温なら炭火でちょうどいいくらいか。
今夜は雲に覆われて星は見えない。
たまに雲の切れ目から月が薄く顔をだす。
今日は満月だったのか。
晴れていれば月明かりに浮かび上がる富士山が望めたのに。
プロフィール

Author:sichirin
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