16日目 道の駅七ヶ宿にて終了 その2

少し走った先にあった稲荷神社。

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参道に立ち並ぶ鳥居。

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社殿は補修工事中のようだ。

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爺ちゃん婆ちゃんと孫娘の図。

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こうして地域の信仰は受け継がれていくんだろうな。
戻ったら駐車場に旅バイクが止まっていた。

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凄え。
私の体力では無理だな。
下り坂のどん詰まりにうっかり進入したら、Uターンは不可能だろう。
転倒させたら起こすだけで腰を100%痛める自信がある。
それでも、この佇まいは迫力がある。
ただ、気掛かりなのは無防備な電子機器類だ。
カーナビと、あとは何だろう?

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ヘルメットもハンドルにぶら下げたまま。
盗まれたり悪戯されたりした経験はないのだろうか。
余計なお世話には違いないが。
ライダーが戻ってきたらちょっと話したいと思ってしばらく待っていたが、姿が見えないのでサンバーで後にした。
無断撮影、無断使用ということになるのだが、許してもらえるだろうか。

材木岩こちらの看板に引かれて道を進んだ。
材木岩とはなんぞや?
車上荒らしに注意と大きく書かれた看板のある駐車場にサンバーを停め、歩き出す。
前方に見えてきた、あれがそうか。

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近づいてみると、なかなかの見応えだった。
川の向こう岸なので、眺めるだけだが。

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柱状節理というやつか、崩れ落ちた角ばった岩礫。
例によって私の撮影では、ここの迫力は伝わらない。

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途中にあった大木。

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立派な道路を開削する前は聖地のような存在だったと伺える。

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復元された氷室内部。

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わざわざ上戸沢宿から移設してきた検断屋敷。

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行政はなにが何でも、この地を観光地に仕立て上げたいらしい。
管理人のおばちゃんと囲炉裏。

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立ち昇った煙は、

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見事に茅葺き屋根を透過して大気へと拡散されていくのであった。

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昔は珍しい光景でも何でもなく日常のことだったと思うが、私には初めて目にする、情景とも表現したくなるものだった。

『関宿』近くのスーパーマーケットのようなファミリーマートでビールと惣菜を調達して道の駅七ヶ宿に戻った。
広大な低地の駐車場は敬遠して、道の駅施設側の駐車場で車中泊することにした。
道の駅の営業終了後、安眠できるように駐車場の端っこにサンバーを移動させた。
乗用車の若者一名、離れた所から、このおっさんもここで寝るのかなと伺うようにちらちらと視線を向けてくる。
今夜のお仲間はこの若者一人のようだ。
お互い同胞がいるのは心強い。
トイレに行ってブラブラしてると、低地の駐車場を突っ切って、自転車旅の男が公園の奥へと走り去っていった。

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早朝に到着した際、周辺をサンバーで偵察して、奥にもパークゴルフ場などがあってトイレ施設があるのは確認済みだったが、下調べでもしていたのか奴はひと気のないそこでテントを張るのだろう。
野宿旅の連中は本当に逞しいなと感心する。

サンバー走行距離 169キロ

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16日目 道の駅七ヶ宿にて終了

前日の遠刈田公園には雨の中、午後4時頃到着した。
道路を挟んだ向かいのスポーツクラブで手続きをするのだが、受付のおばちゃんはいきなり「ここはキャンプ場ではありません」と、不穏な発言をするのだった。
無料をいいことに長期滞在する輩がいるらしく、それが住民の不安を招いているらしい。
目の前が保育園だか幼稚園という理由もあるだろう。
ここはあくまで公園であり、芝生の広場でテントが張れるという扱いであるらしい。
相手がそう言うのだから、こちらは丁重に「はい、そうですか。わかりました」である。
独り旅とか野宿とか無縁そうなおばちゃんを混乱させると面倒なので、私はテントは張らないとか余計なことは一切言わないことにした。
言われるまま、さっさと手続きを済ませて、傘をさして小さな商店街へと歩いてみた。
日帰り温泉はあるが、どうせ今夜はサンバーの助手席で寝るのだし、雨の中風呂道具を取りに戻るのも面倒だし、居酒屋もやってないし、戻る途中の蕎麦屋のような店で、客は私一人で夕食を済ませ、あとは寂しく寝るだけであった。
サンバー走行距離 138キロ

4時15分起床。
雨は止まない。
ここの水場は屋根がない。
何もできないので、出発するこにした。
道の駅七ヶ宿には早々と6時に到着した。
広大な駐車場があるが低い地形にあるので一望に見渡せる。
車もちらほらしか止まってないので、かえって目立ってしまって車中泊には良いのか悪いのか微妙である。
曇り空で時おり小雨が降ってくるので、カブを諦めサンバーで観光することにした。
まずは下戸沢宿。

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歩いている人など全くいない。
時おり車が通りすぎるだけであった。

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現存する茅葺き古民家は三軒だけだったが、旅人が往来したであろう、いかにも旧街道らしき面影は十分に残っていた。
次は上戸沢宿。

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ここもひっそりと静まり返っていて人影もなかった。

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小雨の中、傘を片手に、前々から訪ねてみたいと思っていた、寂れ切った旧街道の宿場町を独り歩いていると、とうとう来たなと、しみじみと旅情に浸る自分がいる。
これで十分である。
他に望むことはない。
途中で旅仕様の自転車でカッパも着ずに走ってくる外人の女性を見かけた。
日本人だってあまり知られていない、忘れ去られた旧街道を外人の若い女性が独り旅していた。
逞しいものである。
私ももっと若い頃、こんな旅をしていたら、残りの人生、変わっていたかもしれない。
若者よ。
現実社会に傷つき、倦み疲れ、引きこもり寸前まで追い込まれたら、当てのない旅に出てみよう。
私はもう悲しいかな旅から学ぶものは何もないが、君たちは何かしら得るものがあるだろう。
私がお御籤から頂いたお言葉を君たちに贈ろう。
『 思い切って出よ 吉 』
何だかクサイ文章になってしまった。


15日目 遠刈田公園にて終了

4時半起床。
天気予報によれば、しばらく天候は崩れるらしかった。
トイレなど諸々の案件を済ませて、積み込み終了間際から雨が降り出した。
バイクのソロキャン一名は早々と出発したが、もう一名は起き出す気配がない。
テントの傍らまで行って「おーい、雨が降ってきたぞー」と声を掛けると、中から「あー、はい。大丈夫です」という返事だった。
まだ寝たいから放っといてくれという意味に解釈した。
バイクはオフ車で、USB端子が剥き出しになっているのだが。
合掌造りのオヤジも起き出しては来ないので出発した。
ナビの案内に従い道の駅天童温泉に到着した。
雨も上がっていたし、時間に余裕があるので天童駅までぶらぶら歩いてみた。
途中にあった不思議な家。

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佐藤千夜子なる人物がどういう人か知らないし、この記念館も閉鎖されて久しいようだ。
それより背後にある荒れた建物は紛れもなく飛騨の合掌造りだった。
薄汚れた案内板に移築したと書いてあった。
もっと見たくて脇道に入った。

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酷い有様だった。
しかし、この家屋との出会いは、はたして偶然だったのだろうか。
天童付近で雨が上がらなければ。
道の駅で案内所のおばちゃんに天童駅までの近道を尋ねなければ。
合掌造りのオヤジよ。
君が若かりし頃遭遇した集落の家屋の一軒は、これだったかもしれないぜ。
この家屋にしたって、異国の地の街中でみすぼらしく荒れ果てた姿をさらすなら、郷里の地で人知れず朽ち果てていくことを望んだに違いない。
マイナーなブログで何の役にも立たないが、小さなふれあいから生じた不思議な邂逅を、せめてここに報告だけはしておく。
私以外に、心を痛めてくれる人がいることを願って。

天童駅と駅前通り

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区画整理事業でもあったのか、歴史を感じさせる古い建物は見当たらなかった。
温泉街を歩いていると、雨が落ちてきた。
傘を持ってこなかったので急いで道の駅まで戻った。

田代峠

そっち系というかあっち系というか、一部マニアの間で東北最強のミステリーゾーンと言われる田代峠に向かった。
赤倉温泉から県道262号へと入る。

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ツーリングマップルによれば山形県側は8.4キロのダートとある。
途中、ただ一軒だけあった民家。
自給自足の生活だったのだろうか。

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県道にもかかわらずダートというのは、神奈川県民にしてみれば羨ましい話だ。
一般車両進入禁止だの、ただちに通報だのといった警告板の類は当然ながらいっさいない。
車の通行もほとんどなかったが、2トンクラスの配送トラックが前から来たのには驚いた。
ブラインドコーナーでなくて良かった。
路面はほぼフラット。
オフ車の上級者なら豪快にテールスライドさせながら駆け抜けて行くことだろう。

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途中の分岐でどっちへ行くか迷って止まった。
運よく軽トラが出てきたので、田代峠はどっちか聞いたが、知らないという。
搭乗者二人はどう見ても地元のおっちゃんとおばちゃんなんだが?
仕方なく軽トラとは違う道へ進むと正解だった。
峠に到着した。

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見たかったのはこれである。

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田代峠を象徴する墜落した自衛隊機の慰霊碑。
手を合わせたが特に何事も起こらず、来た道を戻った。
オフ車であればこの先、快適な林道いや県道を、ダートが途切れるまで進んでみたかったのだが。
赤倉温泉で2軒だけあった小さな食堂の一軒で遅い昼食にし、スーパーに寄ってキャンプ場に戻った。
振り返ってみれば、当初の意気込みは何処へやら。
カブで走るより、キャンプ場でビールを飲んだくれてる時間の方が長かったような気がする。

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ここで普通車のワンボックスに布団を敷いて寝泊りしているという、私と同年のオヤジとしばらく話した。
北海道を中心に3ヶ月ほど車中泊の旅を続けるらしい。
若いころから旅が好きで、バイクにテントを積んで飛騨地方に行ったとき、崖沿いの細い砂利道に入って行き、辿り着いた先で5,6軒の合掌造りの集落を見たという。
すでに無人集落だったそうな。
退職してから、もう一度そこを訪ねてみようと、若い頃の記憶を頼りに随分探したそうだが、結局見つけることはできなかった、と。
こんな話は、私の大好物である。
旅を終えて帰宅してから、その話が気になって航空写真を仔細に点検したり検索を試してみたりして、私も探してみたがそれらしき集落は分からないままだ。
もっと詳しく手掛かりなりそうな地名でも聞いておけば良かった。
ダムが出来ているし、合掌造りの家屋は廃村になると解体移築されている例が多いようだ。
ガードレールもない細く険しい崖道を行った先に、「こんなところに」と驚き、無人で気味が悪くてすぐに引き返したという深い山の中の集落は、今は跡形もなくなっている可能性が強い。
だが、崖や山崩れで道が復旧困難なほど閉ざされたとしたら。
どこかの古民家園で大切に保存されているのか、人知れず朽ち果てているのか。
この秋あたり、ちょっと旅してみようかと思わぬでもない。




奥の細道街道 その2

『封人の家』から、道を隔てた駐車場の先に陸羽東線の堺田駅がある。
徒歩だとちょっと距離があるのでカブで移動した。

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敷地内にあった分水嶺。

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ここから県道28号、奥の細道街道へ向かった。
3年前の東北旅で通った道だが、山刀伐(なたぎり)峠越えは道の細さから断念した。
今回はそのリベンジである。

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画像左にまだ雪が残っているが、さて、行きますか。

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舗装された道は車一台がやっとであった。
対向車が来れば、こちらがカブでも擦れ違いは困難だろう。

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峠にはトイレのある広場があった。

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下りは古道が交差する箇所が幾つかあった。

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遊歩道として整備されているが、この古道が芭蕉一行が歩いた道であるようだ。
当時は山賊や追い剥ぎがリアルに出没していたらしく、封人の家を出発にあたり、主が屈強な若者を案内に就けたそうだが、それが一人だけというのがちょっと疑問である。
疑問と云えば封人の家に世話になる前に尿前の関を通過するのだが、そこで守人に怪しまれ、ようやく通してもらったとある。
その折の曾良の記録によれば、

関所有。断六ヶ敷也。出手形ノ用意来可有之也。壱リ半中山。
せきしょあり。ことわりむつかしきなり。でてがたのよういこれあるべきなり。いちりはんなかやま。

なかなか通してくれないので曾良が手形を見せてようやく通れたということである。
これではどちらが主でどちらが従だか分からない。
辺境の地の関所守を黙らせるような手形とはどのようなものだったのか、そしてなぜ曾良がそれを持っていたのか。
引用した本によれば、曾良なる人物は影で、アッと驚くような有名人が随行していたと断定するのだが・・・・。
興味は尽きないが、私は探究者ではないのでこの辺で留めることにする。

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