カブ リコール

もうお馴染みかな。
またしてもカブのリコールだそうな。
今回は、こともあろうにカウンターシャフト。
走行中に破損して、最悪後輪ロックする危険があるとか。
ヤバイでしょ、これ。
バイク初心者の頃、2ストオイル切らしてエンジン焼き付きによる後輪ロックを経験したことがあるが、50㏄バイクの2ストだったので、あれえエンジン止まっちゃったで済んだ記憶が薄っすらある。
あの時はどうしたっけ。
押して歩いたのか、キックしたらとりあえずエンジンが掛かったのでトロトロ走ってなのか覚えてないが、とにかくバイク屋にそのまま持ち込んだなあ。
当時、修理費幾ら払ったのか、遠い過去のことなので当然だが記憶にない。
今なら自分で修理してしまうが。
ま、それはいいとして、ホンダは納入されたパーツの抜き取りチェックをしないのだろうか。
それとも、それをしていても発見できなかったということか。
タカタの韓国製エアバックのリコール騒動はまだ記憶に新しい。
大丈夫かいな、ホンダさん。
今回のリコール対象はカブプロと郵政カブだが、カウンターシャフトの部番は全車共通らしい。
荒い乗り方をする業務用カブをまず最初にリコール対象にしたのだろう。
そのうち私のカブにも通知がくるかもしれない。
新型カブの生産がめでたく国内回帰したとき、私が愛用するチャイナカブに対するバイク世間の目はおそらく冷たいものになるのだろうなあ。
下取りに出されたチャイナカブが、激安価格で大量にバイク屋の店頭に並ぶ状況など見たくないが。
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バッテリー充電

今後もしばらくは乗らないであろうカブのバッテリーを取り外した。
充電して少し暖かくなるまで室内保管だ。
充電器を接続したら、ほとんど同時に満了ランプが点灯した。
今年で5年目になるのだが、心配するほど劣化してないのだろうか。
バッテリーは、まともに買えば結構な出費になるのでありがたいことだが。

ぼちぼち各メーカーの新型車の情報が出揃ってきた。
だがその中にオフ車の噂はまったくない。
CRF250ラリーが目出度く予約殺到らしいが、装備重量157キロを国内のせせこましい林道に持ち込むのは私の場合どうかなあと不安に思うが。
あれはツアラーだからと言われればそれまでだが。
気分や雰囲気を買う分には夢があっていいだろうけど。
それでも今後もオフロードバイクの需要は低迷とはいえ途絶えることはないだろう。
そこで、無いとなれば欲しくなるのが人情というもの。
維持保管できる環境があるなら、下取りなどで安易に手放さないほうが利口かもしれない。

スーパーカブが早ければ今年の秋ごろ、マイナーだかフルチェンだかするらしい。
しかも生産は熊本工場に戻ってくるという情報が上がっていた。
いよいよカブが再びメイドインジャパンになるのか。
感慨深いものがあるなあ。
私のカブはどうするかなあ。
中国製だからといって、リコール届けガン無視にもかかわらず、これまで大きなトラブルなど皆無だし。
今の時点で買い換えなど考えてはいないが。
何の不満があるわけじゃなし。
カブはやっぱり国内生産という一部ユーザーのこだわりも分かるような気がするが。
カブ愛好家にとっては大きなニュースであることは間違いない。
実車とご対面できる日はいつだろうか。

ブラカブ 八菅神社

下谷地区から八菅橋で中津川を渡ると、目の前が八菅(はすげ)神社に至る参道である。
これから「やすげ神社」にでも行ってみる、と山十邸の管理人のオバチャンに言ったら「ハスゲ神社」ね、とすかさず訂正されたっけ。
駐車場にカブを停めたが、片隅には自転車の大集団が。
子供たちが集まっているとしたら、ちょっと騒々しいかなと懸念しながら神社に向かう。
参道でジャージ姿の娘3人に「こんにちわ」といきなり挨拶されて面食らう。
石段前には坊主頭の男子たち。
女の子に聞いたら高校の野球部だという。
彼らも口々に「こんにちわ」と挨拶してくれる。
そう指導されているのだろう。
私も高校の時は運動部に所属していたが、女子マネージャーの存在など有り得なかった。

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来たことを半ば後悔しながら長い石段を一歩一歩上がっていく私の脇を、高校生が軽々と駆け上がっていく。
私にもこんな時代があったんだけどなあ。
長い石段を登りきった先には鎮守の森があり、野球部員はここで女坂を下って戻り、また石段を駆け上がるというトレーニングを繰り返していた。
最上段には女子高生が一人立っていて、ストップウオッチ片手にタイムを計測し「10秒経過ー」などと朗らかに読み上げていた。
その向こうには、さらに石段の追い討ちであった。

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辿り着いた八菅神社は横に長い神社だった。
着ていた冬ジャケとフリースを脱いで、噴き出した汗をハンカチでぬぐった。
野球部員達もここまでは登ってこない。

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今も3月には火渡りの儀式が行われているらしいが、そうとは思えない寂れた無人の境内だった。
一人づつ黙々と石段を駆け上がる野球部員の男子と、それを支援する女子マネージャー。
日本独特の光景だろう。
ここまで離れるとタイムを告げる内容ははっきりとは聞き取れず、ただ女子高生の高く澄んだ声だけが、静かな鎮守の森に歌声のように反響していた。
今どきの高校生が『純』だなどとは思っちゃいないが、やたら明るく健康的な彼らも、やがて否応なく社会の荒波へと押し出されていく日が来る。
アルバイトで働いているとはいえ、半ばリタイアした私からみると何故かちょっと切ないというか遣る瀬ないというか、そんなセンチな感情が、私の錆びついた筈の心に浮かんで揺れた。
社殿に向かって礼拝する私の背中に届く女子高生の声が、巫女の神々への呼び掛けのように聞こえたせいかもしれない。
何十年か経って、彼らの誰か一人でも、懐かしくこの石段を見上げることがあるだろうか。
ここのところ神社仏閣などに対する破壊行為が続いている。
この八菅神社も放火されればひとたまりもなく全焼消失し、残るは崩れ掛けた石段だけとなるだろう。
あまり政治的なことは書きたくはないが、これは日本と日本人に対する明確なテロ行為と認識すべきだ。
いつまで日本人は大人しい、お人好しを続けるのだろうか。
この環境はいつまでも守らなければならないと私は思うが。

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八百万の神々もさぞお怒りだろうな。
ポカポカ陽気に乗せられて中津川沿いの道を、宮ヶ瀬まで遠回りして帰ることにした。
途中にあった石神社。

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八菅神社つながりの神社のようだ。
もう使われることもないであろう、小さな神楽殿。

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これが『たいへい岩』だろうか。

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社殿の脇に立っている石柱。

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はっきりとは読み取れないが、是より、登、禁という3文字が分かる。
禁を破って岩に近付いてみた。
ここでどんな秘儀が行われていたのだろうか。

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天然記念物に指定されてもおかしくないような藤蔓だと思うが。

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この後、宮ヶ瀬を回って帰ったのだが、ダム湖沿いではさすがに気温がぐっと下がった。
夏場でもこのくらいの温度差が体感できればいいのだが、夏の暑さは平地とさほど変わらないように思う。

ブラカブ 中津往還

中津工業団地を抜け、スーパーやファミレスのある集客通りを通過し中津大橋手前の信号を右折して細い通りに入ると、そこが中津往還である。
中津川の河岸段丘の上に伸びる旧道であるそうな。

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日中はポカポカ陽気であっても冬の日暮れは早い。
遠出は控えて御近所ツーで気を紛らすしかない。
その気になって探してみれば、近場でも面白そうなところが意外とあるもんだ。
旧道沿いに無料開放されていた古民家山十邸。

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隣にも旅籠だったかのような古い家屋があった。

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往時の面影が残るのはこの一画だけか。
山十邸に入ってみる。

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築年は1883年というから、今から130年ばかり前か。
屋根は豪農の屋敷には珍しく最初から瓦葺だったらしい。

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6月にここで何とコスプレイベントがあったとか。

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旧家にお約束の囲炉裏。
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実際に使用されていた駕籠。
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無人となって荒れていたのを愛川町が買い取って整備したとは、管理人のオバチャンの話。
家財道具がないので生活臭はあまりない。

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旧道を下って行って下谷地区へ入ると、残ってましたね。

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手入れはされているようだが空き家のようですね。
通りを隔ててもう一軒。

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ここも手入れはされているが空き家のようです。
路地から覗く納屋の内部。

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まだ日は高い。
中津川を越えて八菅神社へ行ってみますか。

 カブツー 檜原村 その2

手始めに林道入間白岩線を下りきった所で分岐する倉掛林道に入ってみた。

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舗装路が途切れたところで道はすぐに行き止まる。
すぐ傍にはトタン屋根の作業小屋があって、軽トラが一台止まっていた。
道があるようだが軽トラは先を塞ぐように止められていた。
山に入っているのだろうか、人の気配はなかった。

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まだ先がありそうだが、

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徒歩で確かめると、

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ほぼ廃道だった。
後で分かったことだが、ここが廃村茗荷平であるそうな。
やはり軽トラの先を見てみるべきだったか。
この日は初日の下見なので、次に向かった。
ここが林道月夜見線の入り口である。

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舗装林道で距離もたいしたことはないが、お約束の路面を覆い尽くす落ち葉とその下に角ばった落石という歓迎を受けた。
これぞ冬の林道である。
2速で慎重にカブを進めていると、身延や秩父を思い出す。
絶えて久しいワクワク感が戻ってきた。

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林道は広場に出て終わりとなった。

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私の読みでは、この林道から航空写真で見える山中の家屋群へと続く道がありそうに思えたのだが、

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それらがある筈の山腹とは深い谷川で隔絶されて連絡する橋の一本もなかった。
読みは見事に外れた。
やはり現地に来てみないと分からない。
ま、今回は下見だから。
意気消沈で戻り、試しに細い急坂を駆け上がってみると、

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今に残る萱葺き古民家を発見した。
幸先が良い。
そーっと奥を覗くと布団が干してあったのでまだ住人がいるようだ。
立ち入ることなく退散したが、今後に大いに期待が持てた。
探索すればこれから先、こんな古民家がわんさか出てくるに違いない。
藤倉集落の案内板。

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分かるようで、実際には分かりづらい。
この後はだいたいの土地感を掴むため本宿の交差点まで行ってみたり、時間の許す限り走り回ってみた。

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気まぐれな天候をもう一度期待したいが、本格的な檜原村探訪は来季に持ち越しだろうな。
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