入院その4

結局、癌の疑いは晴れた。
私の胃にはピロリ菌もいないということで、これから先胃癌の心配もなさそうであった。
では、急激な衰弱の原因は何なのか。
カミさんの友人が、私の病状はⅠ型糖尿病に似ているという情報を寄せてくれたらしく、カミさんは前回の診察時、担当医に糖尿病の疑いを進言していたらしい。
前回の血液採取はそのせいだったようだ。
私は常々、糖尿病と痛風だけはなりたくないと思っていた。
理由は単純で酒が飲めなくなるからだ。
要はこれらの病気は、植物に水を遣り過ぎると根から腐るように、食べ過ぎが原因だと信じていた。
そのため、食事は一日二食だし早朝からツーリングに出掛けるときは朝食は抜きだし、山の中に入れば昼食も抜きであった。
飲食といえば、せいぜい一服しながらの缶コーヒー程度で、これをプチ絶食と称していた。
帰宅時は近くのコンビニに寄って500の缶ビールを一本買って、帰宅するとサンバーのリアゲートを開けて腰かけ、冷えたビールを空きっ腹に注ぎ込み、アルコールが速効で全身に染み渡るのを楽しんでいた。
アルバイトから帰宅した時も同じように、まず空腹でビールを飲んでいた。
健康に悪いなとは思いながら辞める気はなかった。
だが、それで糖尿病になるとは思ってもいなかった。
で、医者からの結論は血糖値507で、糖尿病の重症患者であった。
まさに青天の霹靂であった。
一年半前の健康診断では血糖値107でまったくの健康体であった。
わずか一年かそこらで糖尿病?
しかも重症?
寝耳に水であった。
騙されような気分であった。
身柄を外科医から内科医に移された。
いつ倒れても不思議はないということで、有無を言わさず、その場で入院となった。
思えば糖尿病の症状はあった。
喉がやたら乾くし、夜中、口の中が乾き切って目が覚めることが度々あった。
食欲が失せ、代わりにほとんど飲むことがなかったジュース類やコーラなんかを飲むようになっていた。
小便は、催したときは、もう蛇口まできているという感じで、慌ててトイレに駆け込むという状況だった。
だが、良く言われる、独特の甘い臭いというのは気がつかなかった。
カミさんに、入院はせめて明日からにしてくれないかと頼んだが、最後のビールを飲むつもりだと魂胆を見透かされて、さっさと手続きを済ませやがるのであった。
あれよあれよと、人生初の入院をすると、さっそく点滴が始まった。
500mlの袋が二つ、一日に計1000mlであった。
四日目に点滴は一日一袋に軽減されたが、体重を計ると50.8キロに増えていた。
単純に一日一キロ増えたことになる。
担当の若い内科医によれば、それだけ体が干からびていたからですということだった。
とにかく、非常に危険な状態だったことは確かなことのようだ。
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入院その3 大腸カメラ

前夜、緩く効くという下剤を飲み、朝、トイレに入ったが効き目はなかったようだ。
この頃は何故かやたら便が固くなり、排便に苦労するようになっていた。
自分は胃腸が弱く、これまで便秘というのは経験したことがない。
それが、ついそこまで出掛かっているのに自力で出せないというのはもう恐怖である。
体力が落ちて、腹筋の力が弱っているのだろうか。
頭の血管が破裂しそうなほど気張っても出てこないのにはまいった。
30分、40分かけて何とかようやく、最初は鹿の糞のような固形物を文字通りひり出すという感じである。
小便も同じだろうが、排便が自由に出来ないというのは、これほど精神的ダメージが大きいとは。
これで大腸検査なんかできるのだろうかと思いながら早めに病院へ。
今回もカミさんの付き添いである。
検査室へ行くと、そこにはもう一人検査を受ける男がいた。
私よりは年上のようだ。
彼は初めてではないらしい。
早期発見、早期治療の信奉者らしい。
私は大腸カメラなんか積極的に受けようとは思わないが。
さっそく、まずい下剤をたっぷりと飲まされた。
小さなカップにボトルから下剤を移し、ちびりちびりと10分掛けて飲み干したらまたカップに注ぎ、10分かけて飲み干すの繰り返しである。
そのうち効いてくるのでトイレに駆け込む。
5,6回排出しただろうか。
透明な液体だけになったら看護婦さんに確認してもらい、いよいよ大腸カメラ検査に移る。
私の方が順番が先になった。
担当は胃カメラと同じ外科医だった。
ただ横になって寝ているだけなので胃カメラよりは余程楽である。
あれは本当に辛かった。
結果、異状なしであった。
だが、まだまだ安心は出来ない。
帰りにもう一度血液を採取されてこの日は終了。
次回は再びCTスキャンということだった。
何でも造影剤を投与するらしい。
直前にガン細胞の食料であるブドウ糖を摂取し、造影剤を投与するとガン細胞に取り込まれたブドウ糖が発色するんだとか。
いよいよ最終検査である。

入院その2  胃カメラ

その日が来て、カミさん付き添いで早めに病院へ行った。
前日の夜9時以降から何も食べていない。
検査室の前で待機。
看護婦さんに名前を呼ばれて独り室内に入る。
麻酔薬を口に含んで上着を脱いでベッドに横になる。
医者が別室で手術しているらしく、長く待たされる。
腕に注射を一本打たれたんだっけかな、ちょっと記憶が曖昧になった。
ようやく医者が来た。
今回は外科医である。
「お待たせー。じゃあ始めますか」
口に含んだ麻酔薬は吐き出していたが、直前に喉の奥にピュッピュッと麻酔薬を掛けられオエっとなるのであった。
人生初の胃カメラはかなり辛いものであった。
オエッオエッと苦しんだ時に、絶妙なタイミングで若い看護婦さんが片手をギュッと握ってくれた。
職業とはいえ、助けられた。
だが、もう胃カメラは二度とご免である。
後でみせられたが、途中でポラロイド写真が撮れるとは知らなかった。
2ヶ所、組織を採取され終了した。
この日の結果は、食道、胃、十二指腸とガンは見つからなかった。
ポラロイド写真を見せられながら説明を受けたが、胃に少し荒れた部分があるが潰瘍もなく気になるところはないということだった。
最悪、胃や食道を切除されることからは免れた。
この日は胸部の前と横からのレントゲン写真2枚と腹部の1枚を撮られたんだっけか。
ちょっと忘れたが。
とりあえず、一安心であった。
日を改めて、今度は大腸カメラの予約をしてこの日は終了した。
ビールはまだ控えめに飲んでいたが、長年吸い続けてきた煙草は自分でも意外だったが、ぷっつりと辞めていた。
だが体力が戻ったら、また再開するかもしれない。
なにしろ、峠に立って風に吹かれながら、山の稜線や下界の小さな集落を眺めながらの一服はたまらないものがある。
どうせ長く生きられないのなら、好きなものを辞めることはないのではないかという思いはあった。

入院

病院の受付で体がだるく体重が12キロ近く急激に減った旨伝えると、しばらく待たされた後、内科の診察室前に移動し、渡された書類を窓口に提出して、また名前を呼ばれるまで待機である。
ようやく順番が回ってきて診察室に入ると、担当医は白髪の年季の入った医者だった。
症状を伝えると、ベッドに横になって腹部を触診され、朝から何も食べてないことを伝えると血液を採取され、CTスキャンを撮られた。
診察室前に戻って、またしばらく待機である。
再び名前を呼ばれるまで待ち時間の長いこと。
血液検査の数値は意外なことに、ほとんど正常値内で問題なし。
ただしガン細胞があるかどうか判明する血液中の数値についてはすぐには分からないらしい。
CTスキャンを見ながらの説明も、とりあえず異常は見当たらないらしかった。
自分の胴体の輪切り画面を流れるように見せられるのは複雑な気分であった。
膵臓のここの線がきれいに出ているのは珍しいとか、体脂肪も内臓脂肪も全くないとか。
そりゃそうだろう、こっちはガリガリに痩せてしまっている。
おまけにCTスキャンでは良く分からないなどと言うのだった。
「じゃあ、これで異常が見付かったら手遅れということですか?」と聞くと「そう、よく分かってらっしゃる」だそうな。
こちらもガンについては多少は調べている。
CTスキャンの放射線量はレントゲン写真の1000倍らしいではないか。
早期発見が目的のガン検診でもって悪性腫瘍が発生する危険性を警告する医者もいる。
ネットでは、長生きしたければガン検診を受けるなという説を力説する人もいる。
ガンを取り巻く環境は疑問だらけで、我々には何を、そして誰を信用していいやらさっぱり分からない。
しかし、とうとう自分も当事者になってしまったのだろうか。
まあ、とにかく、この日は日をあらためて胃カメラと大腸カメラでの検診を受けるということで予約の日時を指定された。
最後に担当医に「やっぱりガンですかね?」と聞くと「たぶんガンでしょうね」との応えだった。
意外とあっさり告げるもんだなと思ったが、まだ断定されたわけではないという一縷の望みは残されている訳で。
帰宅してカミさんに、ガンかもしれないが今日の検査では見つからなかった旨報告した。
胃カメラの検査まで数日間、日が開いたが、相変わらずビールを飲み煙草を吸って過ごした。
カミさんには、もしガンであったとしたら、すぐには治療を受けず、体が元気で動くうちに身辺整理に入ることを納得させた。
バイクと、それに関連するパーツなんかは全てヤフオクで売り払い、廃棄処分する物はそれぞれ分別して廃棄しなければならないし、カミさんは免許はあるが車の運転はしなくなっていたので、サンバーは悪徳業者に買い叩かれないように売らなければならない。
机やベッドや本棚など切断して可燃ごみで出せるものとか、本や保管していたバイク雑誌だとか、買いだめしていたオイル類とか廃油とか、残されたカミさんが困惑するような物はすべて綺麗さっぱり処分しなければならないし。
何かとやるべきことは多いのである。
抗ガン剤治療など始めたら、とても体力的に無理だろうし、ましてや摘出手術となったら果たして無事退院できるかどうか。
いや、それよりすべての治療を拒否する手もあるかとか、あれこれ思案するわけです。
まだ北海道には行ってないし、せめて70歳までは生きたかったなあ、などと早々と観念してみたり。
いざその場に立ってみると、思いは複雑なわけです。

退院

今年になってから体調が悪くなってきて、入院する直前は、57,8キロあった体重が46.6キロまで落ちていた。
激痩せである。
カミさんが、とにかく一度病院へ行ってくれと半泣きで頼むので総合病院で診察を受けることにした。
短期間で急激に体重が減る病気と云えば、大方の予想は例のあれである。
私は煙草は吸うし酒も飲むので、今や日本人の二人に一人は罹るというあれであっても何ら不思議はない。
そうは思っても、べつに覚悟が出来ていたわけでは無論ない。
自分はたぶん違うんじゃないかなという、誰でもそうだろうが楽観的な気持ちもあった。
にしても、働いて食事も摂っていて、12キロちかく体重が減少するのはやはり異常である。
さすがに体が重く怠いのでアルバイトは休むことにした。
翌日、午後から病院へ行った。
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